鎌倉で暮らす生命保険コンサルタントのBlog.



急性胆のう炎(胆石症)・腹腔鏡手術体験記 ≪後編≫

お蔵入りしていた(忘れていた!!)文章が出てきたのでアップします。
ちょっと長いですが、すらすらと読めますので読んでみてください。



3時になると、これから数日間お世話になることになるであろう6人部屋の病室に案内され、窓際のベットの脇に荷物を置いてちょっと落ち着きました。


案内してきてくれた若くてギャルっぽい茶髪の看護師さんは、

「着替えてもう少しお待ちくださいねっ」と、忙しそうに部屋を出ていきます。


病院の寝巻きに着替えてベットに横たわって窓から街の景色を眺めていると、これから手術を受けるということに現実感がなく、なんだか変な感じ。


しばらくすると、先程の看護師さんがやってきて、

「毛を剃っていただきたいんですが・・・」


「毛!? 毛って・・・ シモの毛のこと?」


もちろん、頭の毛や眉毛、すね毛を剃るのでないことは解っていますが、お腹に孔を空けて手術するのに、シモの毛は関係ないのでは?と思い、確認してしまいました。

今朝、ネットで調べた「胆のう摘出手術の体験談」でも、シモの毛は剃らなかったと書いてあったし・・・・


すると、


「はい そうですよ。 私が剃りましょうか?」

「・・・・・・どうしよう


いまだかつてシモの毛を剃るという経験がないので、経験豊富そうな彼女に頼もうかとも思いましたが、そこは30歳をいくつか過ぎると、好奇心よりも ひとまわりも若い彼女に対する恥ずかしさが勝りました。



「自分で剃るよ 剃刀貸してくれるの?」

「剃毛用のシェーバーがありますので」


しばらくすると、小型の電気シェーバーがやってきました。

当然、新品ではないとは思っていましたが、なかなか使い込んである雰囲気。


「みんなこれを使いまわして剃ってるのかな・・・」

「殺菌はしてくれているのだろうけれど、誰が使ったか判らないし・・・」


などと逡巡しながらも、まさか普段から自前で剃毛用の道具を持ち歩いているはずもなく、覚悟を決めて、ナースステーション脇の「処置室」でカーテン内にこもって剃りました。

ウィ~ン、ウィ~ンと剃毛に励むこと数分間。

飛び散る分身たちを片付けながら結構な決意で剃り上げて、「終わりました!」とカーテンの向こうに元気に報告しましたが、そこには当のギャルっぽい看護師さんはおらず、年輩の看護助手さんに「はい、そうですか」と、つれない返事をいただきました(笑)


でも、


・・・・・・心なしか、純粋だったあの頃の気持ちに戻りました。




病室に戻り、さらに待つこと3時間。

6時過ぎに麻酔科の先生が来てくれて、丁寧に説明をしてくれました。


その説明のなかで気になることは、ふたつ。

ひとつは「尿道カテーテル挿入って、恥ずかしいな」ということ。
(しかも尿道に管を入れるんだよな。痛そうだな)


もうひとつは「手術前の絶飲食について」という注意項目は、当然 緊急手術だから出来ていないなということ。
(それを知ったうえでの緊急手術だから大丈夫なんだろうけど)



そして、予定から遅れること4時間、午後7時を過ぎた頃にようやくお呼びが掛かりました。


「やっぱり病院が忙しいのは、医療現場で働く人にとっても良いことではないよな・・・」

などと、

緊急手術をねじ込んでもらって、みなさんを忙しくしてしまっている張本人は、呑気に現代医療の現状を憂いながら看護師さんの後について、てくてくと歩いて手術室に向かいます。

それでもまだ、自分が手術台に乗るという実感が湧かないまま手術室へ。


手術室は私の小学校3年生当時(25年前!!)の田舎病院のそれとは明らかに違いました。

星新一の小説や藤子不二夫の「21エモン」に出てきそうな、近未来的な部屋。


そこらへんの機械がウィーンと動いて、勝手にコーヒー付きの朝食がセッティングされたり、歯磨きを手伝ってくれたり、腕をあげていると洋服を着替えさせてくれたり・・・というイメージ。

でも、冷たいイヤな感じはしなかったので、結構リラックスしていました。


金属製のトレーを鏡代わりにコンタクトレンズを外し、手術台に寝転んだところで、先ほど説明をしてくれた麻酔科の先生から、背中に硬膜外麻酔を施されます。


横向きになりながら「ぞわ ぞわっ」として体が震えたのは、管が首の後ろから背中に入った感触ばかりでなく、ようやく手術を受けるという実感が湧いてきたからかもしれません。


麻酔科の先生と、看護師さん2~3人との空間で、次に全身麻酔をしてもらったような記憶がありますが、忘れてしまいました。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・??


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!


気が付いたのは、ベットの上。

周りは真っ暗。

仰向けに寝転んだ私の足元には、数人の人影が。

誰がいるのか、ここが何処なのか、一瞬判りませんでしたが、久しぶりにぐっすりと眠った後のように、とても爽やかで、とても気持ちよく「パチッ」と目覚めたのを覚えています。


しかし、その直前!!

まだ意識がちょっと朦朧としたなかで、目を瞑ったままで聞こえた衝撃のひと言!


「先生 ナイスリカバリィでしたね!」


(私の意識の中)・・・ナイスリカバリィ?」


聞こえていてない、目覚めていないフリをしました(笑)


もしかしたら、聞き間違いかもしれませんので。

間違いなく そうあって欲しかったので(笑)


まさか先週末のゴルフの話題を今、手術直後の患者と親族の前でしているわけはないでしょうが、まさか、自分の手術が「ナイスリカバリィ」しないといけない状況だったのだろうか?

考えただけで怖くなっちゃいますよね(笑)


確かに、この時、時間は午後の11時過ぎ。

2時間ぐらいの見込みと聞いていた手術時間は、4時間も掛かっていたのでしょうか・・・


ようやく少し意識がはっきりしてくると、目の前には、執刀医の外科の先生、麻酔科の先生、看護師さん、そして、見慣れないゴルフ場にやってきたギャラリー・・・・・ 

・・・いや、

お昼に電話して無理やり呼んだ妹と、なぜか来るはずのない弟までがこちらを覗き込んでいました。


「どうですか?」


という、どちらかの先生の問いかけに「いやぁ~ 気持ちよく眠れました~」という、素直でトンチンカンな感想を口に出した途端、病人らしくないと後悔しました(笑)

そして、その後、先生・看護師さんが病室から去った後、弟に「なんでお前がいるの?」と酷い言葉を投げつけた自分には、すぐさま失望しました。

どうも、妹が無理やり仕事終わりの弟を山梨から呼びつけたようです。

ゴメンネ。
カワイソウダネ・・・・


それでも、兄貴の(ささいな)危機に当日に県外から飛んできてくれた妹・弟に感謝しましたし、長男 > 長女 > 次男 という生まれた順番どおりの力関係が、子供の頃から崩れていないことを確認できました(笑)

その後、さんざん妹と弟の「こんなことなら、どちらかひとりは来なくてもよかったんじゃないの?」「お姉ちゃんが来いって言ったから来たんじゃん!」という姉弟ゲンカを聞かされましたが、鬱陶しいという感覚にも上手い具合に麻酔がかかっていたのか、それほど苦になりませんでした。

結局、そのふたりも私の家に帰って寝ることになり、ようやくひとりになったところで、またすぐに眠りに落ちました。



翌朝、目が覚めたのは6時頃。

なかなか清々しい朝でした。

よっこらしょ!と起き上がってひと心地つくと、看護師さんが様子を見に来てくれました。


採血をしてもらいながら、体から出ているというのか、体につながれているというのか、イヤでも病人だということを自覚させられてしまう いろいろな管の説明を聞きます。

痛み止め(?)の管、硬膜外麻酔の管、栄養剤(?)又は生理食塩水(?)の管 と、3本の管がつながっていました。

そのお陰か、痛みもありませんし、お腹も空きませんし、

・・・・・・尿意もありません???

「んっ!?」


ベッドの脇、掛け布団の下からもうひとつの管が出ていました。

これが例の「尿道カテーテル」なのでしょう。

尿道に管が入っているのでしょうが、麻酔のせいで何も感覚が無いので、ベッド脇にぶら下がったビニールのパックに溜まった黄色い液体が、自分の尿である実感がありません。


それにしても、尿道に管を入れても、その管の脇から尿が溢れ出してくるようなイメージがありますが、上手く拾ってくるものだなと妙に感心しました。

しかし、もし麻酔をせずに突っ込まれていたらと想像するとゾッとします。


その後、外科の先生と麻酔科の先生が来てくれて、お腹を見ながら術後の経過を確認。


この日は弟が来てくれて、(前日に妹が入院に必要なものを買い揃えてくれていたのですが)ナンヤカンヤと世話をしてくれて、私はのんびりとTVを見たり、雑誌を読んだりしながら過ごしました。


翌朝は、外科の先生が見に来てくれた時にインターンらしき学生が付いてきて、外科の先生の診察の様子を真剣に見ていました。

先生が私のお腹の様子を目視した後で、学生も「ふんふん」と患部を見てきたのですが、意識は患者である私よりも指導医であろう外科の先生の方にしか向けられていません。

私には「お早うございます」や「ちょっと失礼します」などの何の挨拶も無く、まるで症例の載っている医学書を眺めるがごとく無表情で覗き込み、「ふんふんふん」と鼻を鳴らしているのにはちょっと辟易とさせられましたが、学生の頃の自分を思い返せばこれもご愛嬌(笑)


そんなこんなで、ただ寝て回復を待つだけの入院生活が続きました。


その間には・・・


看護師さんの経験の差でしょうか、注射が上手い・上手くないの差が大きいように感じられ、気弱な私はちょっとチクチク痛む血管を見ながらしばらく我慢をしていました。

そのうち我慢しきれなくなって、こっそりとベテランの看護師さんに挿し替えをお願いしましたが(笑)


また、食事が時間の経過と共に、点滴 ⇒ 重湯 ⇒ お粥 ⇒ ご飯と、変わっていきました。


そして、個人的に興味津々の尿道カテーテルを抜くときの感覚は、もう二度と経験したくないものでした!

「ギュルッ」「ヌチュ」「ヌミャッ」っというような、なんとも形容し難い感覚。


・・・もの凄い残尿感がしばらく残りました(笑)


でも、抜いたお陰で、自分でトイレに行けましたので、「他人にシモの世話をされることが一番情けないよ」と言っていた母親の言葉を思い出して、ちょっと気が楽になりました。


そして、手術から3日目、硬膜外麻酔の管を外してもらうことに。

外す時は、背骨に沿って挿入された細い管をスルスルッと頭の方向へ抜かれるような感覚。

尿管カテーテルと一緒で、あまり気持ちのいいものではありませんでしたが、今まで痛みが無かったのは、このお陰でしょうから感謝です。


その後、管がひとつ無くなって動きやすくなったので、先生がガーゼを外して診てくれている時に、意を決して恐る恐る自分のお腹(患部?)を見てみました。


「おぉ!!!!!」


大きなホチキスの針らしきものが、ポコポコと6つ。
おヘソの凹みのちょっと内側にも2つ。

計8つの太いホチキスの針が私のお腹に刺さっています!
コピー用紙なら30~40枚くらい綴じられそうな針の太さ。

腹腔鏡の痕の、おそらく「まあるい孔」を両側からキュッと寄せて、ひとつの筋をつくり、ひとつの孔につき、その両端をふたつのホチキスの針で留められていました。

体に金属がくっ付いているというのは、ちょっとしたサイボーグ気分です。
耳にすらピアスをしたことはありませんが、こんな感じなのでしょうか?


この日、へそピアスに対する恐怖感が少し薄らぎました。


・・・・・そんなこんなで3日間、退院するまで(トイレに行く時以外は)ベッドの上でずっと大人しく寝ていました。


その間、以前からの知り合いの内科の先生が度々顔を見せてくれるのが嬉しかったのですが、油断してみっともなく寝ている姿をみられてしまい、2度ほど狼狽してしまいました。

当然、家にいるようには行きませんよね。入院にも緊張感は必要です(笑)


・・・結局、退院まで誰にも手術後の「リカバリィ」という言葉については聞くことができませんでした。 

聞き間違いだと恥ずかしいし、失礼かもしれないし、何よりも怖かったので(笑)


ちなみに、入院する時に淡い期待を持っていた病室でのロマンスは訪れませんでした。

同じような状況から結婚にまで至った仲のいい夫婦を知っていただけに残念(笑)



・・・手術から4日目、まだちょっとお腹の傷が痛むような気もしましたが、大丈夫だろうと退院。


ひとりの家に帰っても、処方された痛み止めを飲んで居間のソファーで寝転んでいるだけの時間を過ごしました。

でも、テレビを見て笑ってもチクッチクッと痛むし、お腹を気遣いながら動き回るのも億劫で、トイレに行くのもひと苦労。

次の日には結構 楽になったことを思うと、退院を1日早まったと後悔しました(笑)

数日すると、痛みをほとんど感じなくなった代わりに、針の金属が皮膚に触れている感触への違和感が出てきました。

そんなものなのでしょうか?

軽く金属アレルギーなのでしょうか?


・・・そして1週間後、再び病院に抜糸ならぬ「抜針」に行きました。

抜いてもらう前は「抜くとき痛そうかな?」とも思いましたが、驚くほどあっさりと抜けて、痛みはありませんでした。

コピー用紙を留めるホチキスのように、針の先が曲がって内側に食い込んで留めるわけではなく、下(皮膚の内側)へ向かって真っすぐに刺さっていたからです。


そして、この時初めて 私自身から取り出した「胆のう」と「胆石」をパソコンの画面で見せてもらいました。

先生に「見る?」と訊かれて、「見せてください!」と大喜びで見せてもらいましたが、正直なところ、がっかりでした。


なぜか、胆石を育てていたこの数年「胆石=マーブル(大理石)のような綺麗なもの」という固定概念があり、ちょっと楽しみにしていたのです。

今思えば、ふざけていますが「綺麗な胆石」だったら、「 削ってネックレスに加工してもらおうかな ♪」なんて、本気で考えていました。


しかし、私から取り出された現実の胆石は・・・・


「できそこないの隕石のよう」でした。

表面がゴツゴツしていて、色は心掛けの悪い天麩羅屋さんの酸化した揚げ油・・・

その他にも、ちいさな石が2つ出てきたということでしたが、メインの胆石の醜さがショックで、それらの姿形は覚えていません。


また、私の胆のうは、焼肉屋さんの厨房にありそうな調理前の臓物(ぞうもつ)そのもの。

牛も豚も鶏も、われわれ人間も「動物」ですからね。そんなものかもしれません。


さらに、先生から「ヘソをきれいに洗うように!」という指導を受け、退院して1週間、2本の針が刺さった「ヘソ」が怖くて、シャワーを浴びていても「ヘソ」に触れられなかっどころか、見ることもできなかった自分の臆病さを思い知らされました(笑)


こうして、私の「急性胆のう炎・腹腔鏡手術体験」は終わりました。

たいした手術・入院経験ではなかったものの、病院を後にする時には ちょっと感慨深いものがありました。3人の先生たちや担当の看護師さんはじめ、妹・弟にも、それ以外にも多くの人たちにお世話になりました。

感謝です。


・・・手術から1年とちょっとが経過して、

あの頃の純粋な気持ちは、シモの毛の成長と共に消え去り、お腹には4つの小さな手術痕だけが残りました。


そして、今でも時々 胆のうがあったはずのところが鈍く痛むような気がするのは、いなくなった胆のうが「僕がいたことを忘れないで」と、寂しがっているのでしょうか?

もしかしたら別の病気なのでしょうか?

それとも、やはり、気のせいなのでしょうか?



おしまい。

同じ手術をすることになる方への参考になればと思うと同時に、いまだに暴飲暴食気味の自分への戒めとしての掲載です(笑)
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by plavi_758 | 2009-09-13 01:30 | 腰痛・健康・ダイエット
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鎌倉で楽しく暮らす独立系 生命保険・損害保険コンサルタント。住宅業界8年、保険業界4年目の36歳。鎌倉青年会議所活動、鎌倉での食べ歩きetc を綴ります。ご連絡は plavi_fumiki@gmail.com まで!
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